特殊攻撃機「晴嵐」


 「水中空母」伊号400型潜水艦に搭載するため、海軍は1942(昭和17)年5月、愛知航空機に「一七試特殊攻撃機」の試作を命じた。 完成した機体は全長10.6メートル、全幅12.3メートルと、潜水艦搭載機としては大型で、急降下爆撃と雷撃の両方が可能な万能機に仕上がり、「晴嵐」と名付けられた。 離昇出力1400馬力の「熱田三二型」液冷エンジンを搭載し、大型のフロートを装備しながら、最大時速474キロ、航続距離は約2000キロに達した。 フロートを主翼下に装着したため、機体下の中心線上に最大800キロの爆弾か魚雷を搭載することができた。
 母艦となる伊号400型の格納庫は直径4.2メートルの円筒形になっていた。 ここに晴嵐を収納するには、まずフロートを取り外した上で、主翼を付け根部分で回転させて機体の両脇に添わせる形で折りたたみ、水平尾翼は途中から下方へ、垂直尾翼も上端を右側に折って、格納庫のサイズに合わせた。フロートは前甲板のカタパルト脇に、機体とは別の格納場所が設けられていた。
 ウルシー環礁の攻撃で、晴嵐は各機1度だけの奇襲を行う計画になっており、攻撃時にはフロートを装着せず、爆弾投下後は母艦の近くに着水して搭乗員のみを回収する予定だった。 フロートを取り外すと、最大時速530キロと戦闘機並みのスピードが出たとされるが、実戦には至らなかったため、兵器としてどこまで実用性があったのかは分からないまま終わった。
【時事通信社】